【徹底考察】Jinmenusagiとは何者か?ネットとストリートを“破壊”して繋いだ異能の天才について語ろう

今回は、日本のヒップホップシーンにおいてあまりにも特異で、かつ絶対的なスキルを持ったラッパー、Jinmenusagi(ジメサギ)について筆を執る。

最近ではシングル「Aruku」や「Opp Otaku」での切れ味鋭いパンチラインに食らっているヘッズも多いだろう。しかし、彼のキャリアは長く、その変遷は非常にドラスティックだ。

俺自身の記憶の引き出し――10年以上前から彼を追い続けてきた“いちリスナー”としての思考――と、彼が歩んできた軌跡を紐解きながら、Jinmenusagiというラッパーのプロフィール、音楽性、そしてその特殊性について、ネットラップ黎明期から現在地までを深く掘り下げていく。

1. 「ニコラップの異端児」からシーンの最前線へ

俺が最初に「Jinmenusagi」という存在を認知したのは、確か10〜15年ほど前になる。RHYMESTERの宇多丸がパーソナリティを務めるラジオ番組『ウィークエンド・シャッフル(タマフル)』で、古川耕が紹介していたのがきっかけだった。

当時の文脈は「面白いラッパーがいる」「ネットラップ、ニコラップ界隈の出身である」というもの。正直に告白すれば、当時の俺は「ニコラップ」という言葉に、ある種の偏見を持っていた。いわゆる「ナード」や「オタク」的なノリ(あ、でも俺もいわゆるコミュ障オタクでした。反面教師?)

しかし、レンタルして聴いた彼の1stアルバムは、そんな俺の浅はかな予想を木っ端微塵に粉砕した。

そこにいたのは、オタク特有の卑屈さではなく、圧倒的にスキルフルで、玄人受けするオーセンティックなラップをする怪物だった。確かにリリックの端々にはインターネット文化への言及があったが、当時の彼がすでに発信していたのは「オタクを馬鹿にするような意見は時代遅れだ」という、既存のヒップホップ観へのカウンターだったように思う。

同じニコラップ出身の盟友として、当時は電波少女としばしば並び称されていた。しかし、そのスタイルは対照的。メロディアスで歌モノ的なアプローチや、キャッチーなフックで多くのファンを掴んでいた電波少女に対し、Jinmenusagiはよりアングラで、ハードな「ラップスキル」そのものを研ぎ澄ませているように見えた。でも今でもらっぷびととも交流があるっぽいのも2000年代の後半のオタクだけが楽しんでたゆるい楽しみ方を思い出させてくれるので良い。

あれから10年以上が経ち、当時の「ネットラッパー」と呼ばれた多くのプレイヤーが姿を消したり形を変えたりする中で、Jinmenusagiは今もなおシーンの最前線を走り続けている。ネットと現場、その両方のプロップスを勝ち取った稀有な存在。

2. 音楽性:喉を焼いて手に入れた“あの声”とインテリジェンス

Jinmenusagiの最大の武器の一つは、一度聴いたら忘れられない、あの特徴的なガラガラ声だ。

これについては、俺がいまだに覚えているのがジメサギによるとあるトゥイート。「ウイスキーとハーブを焚きまくって、喉を焼いてあの声を手に入れた」みたいなことが書いてあった気がする。

これが事実なのか、彼流のジョークなのかは定かではない。しかし、ストイックかつエキセントリックな彼なら「やりかねない」と思わせる説得力がある。そのハスキーで太い声が、トラップのビートにもブーンバップにも完璧にハマり、楽曲に不穏さと色気を与えているのは間違いない。育ちが良さそうなだけに意外だった。親からも音楽性、というか多分リリック面に関してだろうが、小言をいわれてるみたい笑。

彼はラッパーとしてだけでなく、LEEYVNG(リヨン)名義でビートメイカーとしても活動している。 この名前の由来も彼らしくていい。本名の「理央(りおう)」を、中国人のお嫁さん a.k.a. 妻に中国語読みしてもらったところ「リー・ヤン」となり、そこから名付けたそうだ。

彼は自身のレーベル「インディペンデント業放つ」を立ち上げ、文字通りインディペンデントな活動を貫いている。Jinmenusagiのリリックには、明らかな知性が滲み出ている。 彼はネットスラングやミームへの造詣が深く、それらを巧みにリリックに落とし込む。最近はこういうネットスラングを使ってクスリと笑かしてくるラッパーが増えてる。ジメサギは単なるネットの住人ではなく、ストリートのマナーやサグさもしっかりと纏っている。

最新曲「Opp Otaku」では、『忍道』や『侍道』といった国産ゲームをネームドロップしつつ、「お前の頭ん中にあるラッパーなんて概念」と言い切り、自身の道を「ラッパー道」と定義した。「ネットミームを理解するインテリジェンス」と「ストリートの矜持」が同居している点こそが、彼の音楽性の核と言えるだろう。未だにそのゲームやってんのかいっていう。懐かしすぎる。

3. ニヒルなナルシズムと人間味

「GOATは俺だ」無言の指差し

Jinmenusagiのキャラクターを語る上で外せないのが、とあるインタビューでの振る舞いだ。 ヒップホップメディア『ニート東京』に出演した際、「GOAT(Greatest Of All Time=史上最高)なラッパー3人を挙げる」という質問に対し、彼は最後に無言で自分自身を指差して終わった

このニヒルな振る舞いは当時、ネット上で賛否を呼んだ。「痛い」という意見もあったようだが、俺は個人的に普通にかっこいいと感じた。ラッパーたるもの、セルフボーストしてなんぼだと思う。そのナルシズムすらもエンターテインメントに昇華し、後にその件に対するアンサーすら曲やインタビューで返してみせる。このある種のふてぶてしさこそが、彼の特殊性であり魅力だ。

一方で、彼はプライベートなあんまり一面も隠してないっぽい。 中国人のパートナーと結婚しており、彼女のことをYouTubeなどで「お嫁さん」と呼んでいる。一見クールで近寄りがたい彼が、料理上手な奥様を「お嫁さん」と呼ぶギャップ。そこに人間味を感じずにはいられない。

音楽以外でも、彼の表現力は際立っている。ドラマ『モグラ』に出演した際の演技も良かった。非常に嫌味な役柄を演じていたのだが、その演技が完全に振り切れており、視聴者にちゃんと不快感(=役者としての成功)を与えた。ラッパーが演技をする際、どうしても「ラッパーとしてのカッコよさ」を残してしまいがちだが、彼は役になりきって徹底的に「嫌な奴」を演じきっていた。典型的な悪役って感じだったけど。とあるシーンで、確かマミーDかアクション(役名で言えや)に対して哀悼とか追悼を捧げるシーンで彼だけが変なポーズをしていた気がする。あのシーンで違和感を覚えたってことしか覚えていないのだが、宗教的に特異な信仰があるのかもしれない。

4. Jinmenusagiのおすすめ曲

膨大なディスコグラフィの中から、彼の多面性を理解するために必聴の楽曲をいくつか挙げる。

1. このままで (feat. サトウユウヤ)

個人的に一番好きな楽曲だ。独特の空気感と中毒性がある。

2. はやい

彼の代表曲の一つ。「はやい」というワードを連呼し、ネットラップらしい最先端のフロウを見せつけた一曲。ただし、ビートの権利関係の問題でMCバトルでの使用を禁止したというエピソードも含め、彼の権利意識やアーティストとしての姿勢が垣間見える。

3. 夏は終わらない (feat. kiki vivi lily)

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スウィートな歌声を持つkiki vivi lilyとのコラボ。楽曲自体は最高にメロウなのだが、Jinmenusagiのバースが強烈で、友達ごっこの続きしよ(ヴォエエェ)といったラインが登場し、ロリコンっぽいとも評してしまいそうなアクの強さがあるが、一度聴いたら耳から離れないdeep impactを聴きなyo!

4. うそさ

近年のアルバム収録曲で、彼のストーリーテリング能力がいかんなく発揮された名曲。自身の生い立ちを赤裸々に語っており、彼の人間性に触れられる重要な一曲だ。

ほら 21,2で次々辞め出す 結局バースで歌うほどみんな好きじゃなかったんだろ この音楽 「これしかねぇ」とか平気で嘘つける お前なら余裕だよ就活

5. Opp Otaku

最新の彼を知るならこれだ。「お前の頭ん中にあるラッパーなんて概念」と言い切り、自身の“ラッパー道”を説くパンチラインの応酬となっている。

6. Aruku

新章の幕開けとなる一曲。LEEYVNGによるJerk Drillのビートに乗り、都会の人間関係の希薄さを「クラブだけでしか会わないやつは一生かけても合わない」と鋭く切り取る。

5. 結論:彼は日本語ラップのレジェンドになるか?

Jinmenusagiは、ネットとストリート、オタクと不良、インテリジェンスと本能といった、相反する要素を一人の中に共存させ、それを高いレベルで音楽に昇華させてきた。

かつて「MCバトルには興味がない」と言っていた彼が、近年では『真 ADRENALINE』などのバトルに出場し、オールドスクールな乗せ方で会場を沸かせたり、『ラップスタア』のような番組で審査員席に座る日もそう遠くないのではないか、と思わせるほどの説得力と言語化能力を持っている。

彼のスタンスは初期から一貫している。 「媚びない」「群れない」「己のスキルを信じる」

まじでラップスタアの審査員次回あたり来るんじゃないかな。というかかなり適役だと思う。

まじで最高だな。

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